東京高等裁判所 昭和30年(ネ)840号 判決 1955年8月15日
控訴人 被告 千葉地方法務局長
代理人 望月伝次郎 外二名
被控訴人 原告 岡部慎
訴訟代理人 島田徳郎
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人指定代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方代理人の事実上の陳述は、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。
理由
被控訴人が千葉地方裁判所佐原支部に対し、被控訴人を債権者、訴外田杉広己を債務者として、右田杉所有の別紙目録記載の物件につき不動産強制競売の申立をなし、同裁判所は昭和二十八年十月十九日右申立を適法と認めて不動産強制競売開始決定をし、同年同月二十日これが申立記入の登記を千葉地方法務局佐原支局に嘱託したこと、ところが右不動産については、既に大蔵省のため昭和二十六年九月六日国税滞納処分による差押の登記がなされていたので、右嘱託を受けた同支局登記官吏白井清作は、同一不動産につき二個の公売手続を施行する能わずとの理由により、右登記の嘱託を却下したこと、そこで被控訴人は控訴人に対し、不動産登記法第百五十条により異議の申立をなしたところ、控訴人は昭和二十九年四月十七日同一見解の下に、仮りに裁判所において競売開始決定をなし民事訴訟法第六百五十一条第一項の規定により競売申立記入の登記の嘱託がなされた場合においても、右嘱託を受理すべきでないとの理由で、前記異議申立を棄却する旨の決定をしたことは、当事者間に争がなく、その後六ケ月以内である同年六月十日本訴が提起されたことは、記録に徴し明らかである。
ところで民事訴訟法第六百四十五条はその第一項において「裁判所ハ競売手続開始ノ決定ヲ為シタル不動産ニ付キ強制競売ノ申立アルモ更ニ開始決定ヲ為スコトヲ得ス」と規定し、原則として二重競売を禁止しているが、その第二項において「右申立ハ執行記録ニ添附スルニ因リ配当要求ノ効力ヲ生シ、又既ニ開始シタル競売手続取消ト為リタルトキハ第六百四十九条第一項ノ規定ヲ害セサル限リハ開始決定ヲ受ケタル効力ヲ生ス」と定め、右第二次の競売申立について或程度の効力を認め、申立債権者の権利実行に遺憾なきを期している。国税滞納処分による差押の登記ある不動産に対し更に競売申立のあつた場合については、直接の明文はない。元来同一不動産について、国税滞納処分と強制競売若しくは競売法による競売手続とが同時に存在し得るや否やという問題は、一の手続が既に開始せられているに拘らず他の手続を更に開始することが、前手続の実施を阻害することなきや否や、また二重に時間労力及び費用を浪費するものにあらざるや否や等の見地から決せらるべき問題であつて、前者は国税徴収法第十条以下の規定に基ずき収税官吏のなす行政法上の手続であり、後者は民事訴訟法による執行手続または競売法による非訟手続であるが、両者は共に終局的に目的物を処分して債権を実行する手続たる点において、同様の性質を有するものであるから、直接の明文なくともこの両手続は同時に同一不動産に対してこれを行うことを得ないと解すべきであろう。
しかしこのことから直ちに、既に滞納処分による差押登記のあつた不動産について強制競売の申立のあつた場合、裁判所は競売手続開始決定をして右競売申立の登記記入の嘱託をする段階までの執行手続すら許されないと解すべきであろうか。もとより開始決定そのものは競売手続の着手行為であるから、爾後の手続の続行を前提としない限り、開始決定だけをして置くということは無用有害というべきも、仔細に考察するときはこれを認める実益は存するものと思う。けだし前にも述べた如く二重競売の場合には、開始決定をしなくても記録添附の方法により、後になされた競売申立は配当要求の効力を生じ、また既に開始した第一次の競売手続が取消となつたときは、第二次の申立による競売に関しては開始決定を受けた効力を生じ、債権者の保護に欠けることなきに反し、この場合には実施機関が異なるから、同法条を準用して記録添附の方法によることもできず、従つて開始決定すら許されないとすれば、申立債権者は拱手傍観して滞納処分による差押の解除を俟つか、滞納者(債務者)の有する国税徴収法第二十八条の残余金交付請求債権を差押える外途なく、債権者の保護は得て期すべからざる結果となるであろう(滞納処分による差押が解除になつても、前になした競売申立は差押の効力を生じていないのであるから、改めて競売申立をなすまでに所有名義を変更される恐れあることも考えられる)。しかも同一不動産につき、滞納処分による公売手続と民事訴訟法による強制競売手続とが、同時に並行して実施し得ないと解する根拠は、叙上説示の如く前手続の実施を阻害し、二重に労力及び費用を浪費するということにあるのであつて、民事訴訟法においても、現実に競売実施手続を伴わない仮差押の如きにあつては、同一不動産について二重の仮差押をなすことは何等禁止していないし、既に仮差押の命令のあつた不動産と雖も更に競売開始決定をすることを妨げるものでない。(民訴法第六百四十五条第三項)また国税優先の原則も単に他の債権に優先して弁済を受けしめるというに止まり、納税義務者の財産は公租公課のため他の差押等を許さぬ特別担保となる訳のものでない。かように考えてくると既に滞納処分による差押登記のある不動産につき、強制競売の申立があつた場合と雖も、裁判所は開始決定をし、競売申立の登記記入を嘱託し、以て差押の効力だけを保持せしめた上、爾後の手続を停止し(民事訴訟法第六百四十五条第二項の規定と同様の効力)、既に進行中の滞納処分による公売手続が解除または停止されたときは、前記民事訴訟法第六百四十五条第二項に準じ、開始決定による競売手続を続行せしめても、これがため滞納国税の優先弁済を受ける利益は失われることはないから、この点につき特別な立法措置を欠いてはいるが叙上の解釈は二重売却禁止の根本精神にも牴触することなく、最も合理的且つ妥当な運用と謂い得ると信ずる。(尤も競売開始決定をして右競売申立の登記記入をしたが、その後滞納処分による公売手続が解除または停止することなく進行しこれが完結を見た場合、差押債権者に対する配当を如何にすべきや、またさきになした競売申立記入登記は、如何なる方法により抹消すべきや等について明文なきため、手続上疑義を生ずべきも、前者については国税徴収法第二十八条第二項の法意に則り、滞納者に交付すべき残余売得金のうちから差押債権額に充つるまで当該債権者に交付し、さきになした競売開始決定は、滞納処分による公売手続の完結により最早終局的に続行すべからざることに確定したのであるから、裁判所において民事訴訟法第六百九十条に則りさきになした競売申立記入登記の抹消を嘱託すべきものと解すべきであろう。)
原判決の理由に説示するところも、その趣旨は前示当裁判所の見解と同じくするものであつて、補足的に右説示をここに引用する。控訴人が援用する大正六年九月十四日民第一四九〇号法務局長回答の趣旨には、左祖することはできない。
してみると本件不動産につき千葉地方裁判所佐原支部が、被控訴人の申立に基ずき強制競売開始決定をなし、右競売申立記入の登記を所轄千葉地方法務局佐原支局に嘱託した以上、当該登記官吏はその嘱託を受理して登記記入すべきであつて、不動産登記法第四十九条第二号に該当するとなし右嘱託を却下した決定を是認した控訴人の異議申立棄却決定は、取消を免れない。
よつて結局以上と同趣旨に出でた原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条に則り本件控訴を棄却すべく、控訴費用の負担につき同法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 斎藤直一 判事 菅野次郎 判事 坂本謁夫)